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広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ネ)137号 判決

控訴人 原告 石井英一

訴訟代理人 永宗明

被控訴人 被告 難波泰次

訴訟代理人 小脇芳一 外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金十六万七千九百円ならびに之に対する昭和二十三年十一月十九日以降完済まで年六分の割合に依る金員の支払をせよ。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分しその一を控訴人、その二を被控訴人の負担とする。

本判決は金五万円の担保を供するときは仮に之を執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一乃至第二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、本訴請求原因の法律上の性質は事務管理である。なお被控訴人は鉄道省資材局の代理人でないのに、代理人であるように装つて控訴人を欺罔し、その旨誤信させて、本件契約を締結せしめ、控訴人の主張する様な縫糸入手の出費をなさしめ、因つて控訴人に対しこの出費に相当する損害を被らしめた。そこで控訴人は予備的に右不法行為に因る損害賠償を請求すると述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一号証の一、二、第二乃至第四号証、原審鑑定人浅原恒夫、板谷定市、永瀬哲夫の各鑑定の結果、原審証人藤木謙一郎、当審証人瀬尾富太郎の各証言原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴代理人は原審証人藤木謙一郎、乃美景保、吉井八郎、瀬尾富太郎の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人が元鉄道省資材局の代理人として麦わら帽子製造販売業者たる控訴人に対し昭和二十一年六月二十六日と同年八月三日の二回に亘り、控訴人主張の様な約旨で麦わら帽子男子用合計八万個を註文し、控訴人はこのうち七万四千個を鉄道省資材局に引き渡したが右製造に用いる縫糸(綿白縫糸五十番手)合計八十貫匁は註文者から控訴人に送付する約定であつたのに、被控訴人から受け取つたのはわずかに約一貫匁にすぎず、その他の縫糸は控訴人において調達したことは当事者間に争がない。

控訴人は、右縫糸を調達したのは事務管理であると主張するが、被控訴人が前示代理権を証明できず且本人たる鉄道省資材局の追認もないから、民法第百十七条に基き本訴請求をする点からみれば、被控訴人に対し右縫糸の給付を受け得られなかつたことに基く損害の賠償を請求するものと解すべきである。之に対し、被控訴人は、右代理権の証明ができなかつたこと、ならびに、右追認のなかつたことを明に争わないから特別の事情のない限り同条第一項により損害賠償の責に任ずべきところ被控訴人は右契約当時右代理権を有しないことを控訴人において知つていた、仮に知らなかつたとするも、控訴人に過失がある、と主張するので、まずこの点について審究する。

当審における証人瀬尾富太郎ならびに原審及び当審における被控訴人本人の各供述中発註書に被控訴人が「東京鉄道局資材局代人」(甲第一号証の一)または「東京鉄道局資材総局代人」(同号証の二)として署名押印した後、同人が訴外株式会社藤商店または藤木謙一郎の代理として書くのを忘れたといつたとあるけれども、右書類はその作成日附の示すごとく本件契約成立の度に時を異にして作成されたものであつて、その都度かような失念をすることはとうてい首肯し難く、また右各供述中本件契約締結の際控訴人は右訴外人の代理人として交渉したとの点については成立に争のない右甲第一号証の一、二に原審における証人瀬尾富太郎の証言、および後記認定事実に対比し措信し難く、他に被控訴人が右代理権のなかつたことを知つて本件契約をしたことを認めるに足る証拠はない。

前記甲第一号証の一、二、原審証人乃美景保、吉井八郎、藤木謙一郎、原審及び当審(一部)証人瀬尾富太郎の各証言、原審及び当審における控訴人、被控訴人(一部)各本人尋問の結果を綜合すると、訴外株式会社藤商店は昭和二十一年六月頃当時の鉄道省資材局から本件麦わら帽子の註文を受けたので、右藤商店代表者藤木謙一郎はかねて取引のあつた被控訴人に再註文し、本件当事者双方共よく知つている訴外瀬尾富太郎の斡旋で被控訴人は控訴人と前後二回に本件契約をすることとなつたが、当時帽子製造家としては暇な時であるのに、納入先は鉄道省ではあるし、その上その頃入手の困難な縫糸も同庁から支給することとなつたので大いに乗気となり、交渉も円満に進捗したものであつて、被控訴人が右資材局の代理人として本件契約を締結し前に発註書を差入れ、製品は、被控訴人の通知により控訴人から直接前示資材局指定場所に送付し、代金は全部被控訴人から受取つていたこと、および、控訴人と前記訴外会社との交渉は控訴人が製造を始めて後被控訴人に縫糸の支給をやかましく請求しだしてから後同人の申出によつてはじめて生じたことを認めることができる。前段措信しない証拠資料のほかには右認定をくつがえすに足る証拠はない。

右契約の締結に際し控訴人は被控訴人に対しその代理権を証する書面の提出を求めるとか契約後遅滞なく鉄道省資材局に対し被控訴人への授権の事実の有無を問い合せた形跡は認められないけれども、当事者双方を知り合つている第三者の仲介によつて商談が進められる際に、控訴人が、かような措置をとらなかつたからといつて、信頼と迅速を生命とする商取引におい控訴人に過失が存するものと解することはできない。あるいは右契約締結にいたるまでの間に被控訴人が前記訴外会社から註文を受けたことを告げたことがあつたとしても、被控訴人が控訴人との本件取引について全責任を負う意味において最後の納入先である鉄道省の代理人として、契約を締結するようなことは日常の事例に乏しくないから、右事実のみを以つてしても、控訴人に代理権のないことを知らないことにつき過失があるとはいえない。

従つて控訴人は被控訴人に対し被控訴人から縫糸の給付を受け得られなかつたことに基く損害の賠償を請求し得るものといわねばならない。

そこでその数額について案ずるに控訴人が被控訴人から給付を受くべき約旨の綿白縫糸五十番手八十貫匁中、既に約一貫匁の給付を受けたことは前示の如く当事者間に争なく、控訴人において引渡未了の麦わら帽子六千個を製造するのに右縫糸約六貫匁を要することは被控訴人の明に争わないところであるから、控訴人は被控訴人に対し右縫糸八十貫匁から一貫匁と六貫匁とを差引いた七十三貫匁の給付を請求し得るものというべく、被控訴人がこれを給付しない為に控訴人は大半闇糸を調達し、その他製帽組合や被控訴人から譲渡を受けて、本件の帽子を製造したが、当時の闇糸は一貫匁一万円位していたことは原審ならびに当審における控訴人の本人尋問の結果によつて明らかであつて、原審鑑定人永瀬哲夫の鑑定の結果によれば、右縫糸の昭和二十九年六月二十二日頃の時価は一貫匁につき金二千三百円と認められるから、これらの事情を綜合すれば、控訴人は少くとも七十三貫匁分金十六万七千九百円の損害を被つたものと認定するのを相当とする。

されば被控訴人に対し右金十六万七千九百円ならびに之に対する訴状送達の日の翌日たること記録上明白な昭和二十三年十一月十九日以降完済まで商法所定年六分の割合に依る遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は之を認容すべく、これと異る原判決は不当であつて取消を免れない。

訴訟費用の負担については控訴人がその請求を原審で七十三万円まで拡張しこれを本訴請求金額に減縮した等の事情を考慮し民事訴訟法第九十六条 第八十九条、第九十条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 高橋雄一 裁判官 三好昇)

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